能ガキブログ

能楽初心者が未知の楽しみを追求するブログ

能はなぜ分かりにくいのか

このサイトを立ち上げて2年。

鑑賞回数や知識が増え、以前よりかは能が分かってきたと思います。

能楽には日本文化の歴史が詰まっていて、他の芸術との関連が見えたり、掘っても掘っても世界が広がり続ける面白さがあります。

では、能楽鑑賞を楽しんでいるかと言われると、分からないこともまだ多く、事前に詞章や解説があった方が助かります。シンプルに「あー楽しかった」と心から言えないことも多く、毎回勉強している感覚に近いです。

それは修行が足りない自分のせいだと思っていました。でも、能にはそもそも初心者には分かりにくい理由がちゃんとあったようです。

なぜ能は分かりにくいのか

先日、鎌倉能楽堂での中森貫太さん(観世流能楽師シテ方)による解説で、その理由が分かりました。

それは、能が

江戸時代に武士の「式楽(しきがく)」になったことで「観る」演劇から「演る」演劇へと変化しました。
つまり、観客=役者の図式が出来上がり、動きや台詞を知っていれば大変シンプルで面白く楽しめますが、知らない人には極めて不親切で難解な演劇となってしまいました。

能を知ろう Vol.1|中森貫太

つまり、能が「式楽」になったことで、それまでプロの能役者に演じられてきた能が、武将などのド素人が演じるようになりました。その流れの中で武将などが演じやすいように、演じていて楽しいように、プロの技が必要な(物語をわかりやすく伝えていた)箇所や演出などは端折られ、演目が必要最低限の骨組み程度に簡素化されてしまったようです。

演じる武将への配慮(忖度)が、能を観るだけは分かりにくいものに変えてしまったと言えます。時代の要請に応えた結果なので仕方ないのですが、そうならなかった世界線の能を観てみたいとも思いました。

式楽となった能の光と影

そもそも「式楽」とは、公的な儀式で演じられる芸能のことです。

能が江戸城での様々な年中行事にて催されるようになり、式楽として定着したのは三代将軍・家光四代将軍・家綱の時代でした。

能は官僚(老中や若年寄など)の統制下に置かれ、能役者は幕府から俸禄(ほうろく=給与)を与えられ、武士と同等の身分を得ました。

また地方の諸大名も幕府に倣って、能役者を召し抱えるようになり、能楽の保護に当たり、全国的に式楽として定着していきました。

こうして能役者の地位と生活基盤が整えられ、安定した反面、興行や上演演目の管理や、技芸を磨くことの要求など、幕府からコントロールされるようにもなり、芸術の自由さが失われました。

 

式楽となったことで、能は保護され隆盛期を迎えた光の裏に

  • 武将らが演じやすいように演目が簡素化した
  • 芸術としての自由さが失われ、発展がストップした

という影の側面は見逃せません。

芸術に大きな組織が絡むと、安定と引き換えに芸術性が犠牲になってしまうという、あるあるの悲しい展開です。

能の分かりにくさの背景には「式楽」があったんですね。

鎌倉能楽堂で鑑賞

中森貫太さんのお話を伺ったのは、鎌倉能楽堂で開催された「能を知る会®」です。

4月29日(火祝)午後の部の「熊野」を私は鑑賞しました。

舞台周辺にモニターが設置され、演目中に字幕解説が表示されるので内容が分かりやすかったです。

まさに、分かりにくい能を分かりやすく紹介するために尽力されているようでした。

また、鎌倉能楽堂は長谷の大仏から近いのですが、観光地の喧騒から離れた、緑に囲まれた個人宅のような素敵なところで、小さめの舞台で距離が近く、迫力のある能を楽しめました。

靖国神社で夜桜能を鑑賞

4月3日(木)に靖國神社夜桜能を観にいきました。

夜桜能とは

東京最古の木造能楽堂である靖国神社能舞台で、毎年桜の時期に開催される演能の催しで、ライトアップされた満開の夜桜を愛でながら能楽を鑑賞します。

宝生流能楽師田崎隆三さんによって1991年に発案・企画・運営された夜桜能は、今年で32回目を迎えました。

前回より開催日数が3日から2日に縮小され、今年は4月3日(木)〜4日(金)に開催されました。

靖国神社能舞台とは

靖国神社の敷地内にある野外の能舞台です。

明治14年岩倉具視が、能楽の維持発展および能楽師の保護などを目的として、華族に呼びかけ、芝公園能舞台を建設しました。それが明治36年靖国神社に移築奉納されました。

雨天時の対応

雨天の場合は、代替会場である文京シビック大ホールでの演能になります。開演の3時間前に開催場所が確定され、夜桜能サイトにて告知されます。

今年の3日(木)は朝からあいにくの雨でした。

午後になって雨脚が弱まり、開演の3時間前(15時45分頃)多少小雨は残っていたのですが、参加者の願いが届いたのか、予定通り靖国神社能舞台での開催が確定しました。

いざ会場へ

靖国神社に到着です。続々と人が集まっています。夕方の神社は独特の雰囲気があります。

本殿手前に会場が設置されていました。

ライトアップされた満開の桜に、思わずため息が漏れます。

能楽堂を囲むように桜が咲いています。美しいです。

ちなみに、靖国神社には東京の桜の開花日を決めているソメイヨシノ標本木があるのですが、上記画像内の能楽堂の向かって右手にあります。

演能の開始

私はSS席(1,3500円)を予約しました。舞台真横の向かって左手のエリア、一番後ろの列でした。

能舞台を眺めると背景に桜が咲き誇るドラマチックな視界に恵まれました。

演目は

  1. 火入れ式
  2. 仕舞「三山」「飛雲」
  3. 狂言「昆布売」野村萬斎
  4. 「天鼓 呼出」

舞台に先立ち、薪に火をつけ、かがり火が灯されます。

狂言では、野村萬斎さんが出演されました。

「天鼓」では、夜桜能の発起人である宝生流能楽師田崎隆三さんがシテを演じられました。

夜桜能を観た感想

夕方まで降っていた雨は止み、開演直前には雲間から月が見えることもありました。雨後の澄んだ空気の中で、満開の桜に囲まれながらの能楽鑑賞は、神聖さの中に華やさもあり、すっかり心を奪われました。

桜だけでも気分が上がるのに、演能までも鑑賞できるって盛り沢山過ぎますよね。春の美しさを感じられる贅沢な夜になりました。

ご興味のある方は、寒さ対策はしっかりされることをお勧めします。

【山形④】黒川能を観に王祇祭へ(2日)

前の投稿からの続きです。

春日神社での演能

2月2日(日)朝8時から春日神社で観覧受付が始まります。

玉串料5,000円を納め、神社に入ります。

神社正面にあるお賽銭箱のちょうど真裏に舞台が設置されています。周囲に飾られた提灯が幻想的です。

春日神社の演目

演目は以下です。

  1. 朝尋常(神事)
  2. 絵馬(上座で前日演じられた能)
  3. 高砂(下座で前日演じられた能)
  4. 大地踏(上座と下座それぞれ演じる)
  5. 所仏則の式三番(上座と下座が共演する)
  6. 棚上がり尋常(神事)
  7. 盃事(神事)
  8. 布剥ぎ(神事)
  9. 餅切り(神事)

演能自体は、前日と被りますが、その前後に行われる神事が大変独特です。

【能演前】両座競争の神事「朝尋常(あさじんじょう)」

演能前に春日神社に王祇様を運び入れる神事です。

前日両座の当屋にあった各々の王祇様を、石段を上って神社に担ぎいれる際に上座チームと下座チームが速さを競います。

【能演後】両座競争の4つの神事

棚上がり尋常 両座の代表が、競争で柱によじ登り、王祇様を舞台上にある棚に担ぎ上げます。
盃事 盃を取り交わします。
餅切り 両座が競争で、舞台上にある棚の上に吊ってある一斗餅の縄を切って落とします。
布剥ぎ 両座が競争で、王祇様を棚から下ろして巻いてある布(衣)を剥ぎます。

剥いだ衣は、来年に王祇守り(王祇様を運ぶ役割の人)の首に巻きつけて、王祇様を神社の内陣に運び込んで、王祇祭は終わりました。

 

山形の冬の味、寒鱈汁(かんだらじる)

2日夜は、鶴岡駅周辺のホテルに滞在しました。

昨晩宿泊した民宿の方に、王祇祭後の精進落としには寒鱈汁(かんだらじる)を食べる風習があると聞きました。

寒鱈汁は、庄内地方漁師たちが浜で寒鱈を汁ものとして食べていたことが発端らしく「どんがら汁」とも呼ばれ、山形でも食べられる場所が限られているそうです。

寒鱈汁を食べに、駅近にあるうなぎ若林さんに伺いました。

寒鱈汁定食を注文しました。

寒鱈の頭から尻尾まで、色んな部位が入ったあら汁は、いろんな味と感触を楽しめて大満足の美味しさでした。

また、板さんの庄内藩戊辰戦争での強さのお話が面白く、すっかり長居してしまいました。知らなかった山形の魅力に出会えました。

とりあえず藤沢周平さんの小説を読んでみようかと思います。

王祇祭の天候・気温について

王祇祭が開催される2月は通常吹雪だそうです。今年は珍しく2日間快晴でした。

徒歩移動がメインだったので大変助かりました。

ただ気温はしっかり低いです。鑑賞時に板張りの床に直に座ると寒さが響きます。

春日神社では地元の日本酒「大山 」が御神酒として配られたので、お酒で暖を取りつつ演能を楽しみました。地元の方もそうされていたので、なんか雰囲気に溶け込めた気がして気分が良かったです。

王祇祭で黒川能を観た感想

黒川能民俗芸能、簡単に言うと地元の素人による能演です。

島根で佐陀神能を観た事があるのですが、似た雰囲気がありました。地元の方々が親族や友人の演能を鑑賞する、内輪ノリのイベントです。というか、本来そういうものを、私たちが外から来て鑑賞させてもらってる形になります。

また、エンタメではなくあくまでも神事なので、鑑賞者の快適さは考慮されていません。隣の人と肩を触れ合わせるほど狭い場所で、寒い中床に座り、正直辛いと思いました。

現地に着くまでも、山形の冬場の天候、現地にたどり着くまでの手段、お金など、心配事が多く、キャンセルしようと思うことも何度かありました。

そんな状況であっても、結果的にはすごい楽しかったんです。王祇祭や黒川能周辺のさまざまな事柄が私には新しく、農家民宿も、そこのお食事も、出会った方々との交流も、雪景色も、うなぎ若林も、全てが素敵な経験となりました。

現代の都市部には存在しない楽しい何かが、このような場所で伝統として保存されているのかもしれません。

実はすごい鶴岡

今回初めての山形だったのですが、鶴岡はユネスコ食文化創造都市に選ばれているのをご存知ですか?

選ばれた当時は、1国につき1都市のみという縛りがあったようで、ユネスコにとっては鶴岡が日本一だと考えられていたのです。確かに鶴岡での食事はどれも美味しく印象的でした。春には筍が美味しいそうで再訪したいと思いました。

こんな魅力な都市への東京から直通の交通手段がないのが勿体無いところです。

出典:鶴岡市昭和通り振興会

 

【山形③】黒川能を観に王祇祭へ(1日)

前の投稿からの続きです。

当日現地に到着

当日2月1日(土)13時ごろ鶴岡駅に到着。

民宿の送迎車で黒川地区へ。

今晩の宿「農家民宿 松べえ」に到着しました。雪に覆われた畑に囲まれた大きな日本家屋で、思わず声が漏れました。

お茶をいただきました。お手製のおはぎが美味しくて、身体に沁みます。

王祇会館で受付

15時までに王祇会館で受付をします。

受付を済ませると、その場で盃に入ったお酒と凍み豆腐(しみどうふ)が振る舞われました。

凍み豆腐(しみどうふ)とは

杉串に刺した豆腐を大きな炉で焼いてから一度雪で冷したもので、この地方の伝統料理です。

1月中旬から、各座の当屋の親戚や地域の人たちが集まって5,000本も焼くそうです。当日にはその豆腐を煮て、それぞれの当屋に伝わる独自の味付けをしてから振舞われるそうです。

お椀が2つありますが、上座と下座それぞれの当屋からの凍み豆腐で、両座の味が楽しめます。

王祇祭では、当屋に能演鑑賞に来た私たちを含め、関わるすべての人たちに凍み豆腐が振る舞われるため、別名「豆腐祭り」とも呼ばれます。

後日地元の方に伺ったのですが、凍み豆腐は王祇祭の参加者しか食べられない料理で、地元に住んでいてもなかなかチャンスが無いらしいです。貴重なものと知っていたらもっとしっかり味わっていたと思います。

 

全員の受付が完了すると、王祇会館の多目的ホールで説明会が開催され、その後の早めの夕食のため解散になりました。

私は宿に戻り、予約をした王祇祭特別メニューの精進料理をいただきました。

完全ビーガン食です。どの皿も味が深くて美味しく、毎日食べたいレベルでした。ちなみに右下の割り箸の下は、お夜食のおむすびです。

当屋(上座)への移動

17時ごろ王祇会館に戻り、徒歩で当屋に移動します。

中はこんな感じです。

かなりギュウギュウな感じで床に座ります。夜通し鑑賞できるのかちょっと不安になりました。

右上にサッシの枠が見えます。こちらの当屋の頭人の方は、この夜のためだけに部屋の拡張工事をされているようです。

当屋への奉納金の額が欄間に貼られています。1〜30万円と割と高額で、地元の方々の本気度が伝わります。これなら部屋の拡張工事費も賄えそうですね。

当屋(上座)の演目

18時ごろ黒川能の奉納が始まりました。これから夜を徹して王祇様をもてなします。

大地踏(だいちふみ)

会場の後部に鎮座していた王祇様を運び出し

舞台上で王祇様が広げられ、その元で稚児がステップを踏む大地踏(だいちふみ)から始まります。特にストーリーはなく、新年の安寧と繁栄を祈るものらしく黒川能独特の演目で、舞台を清めます。お遊戯のようで可愛いらしかったです。

4〜6才の男児が務める習わしだそうですが、上座では男装、下座では女装と衣装が変わります。

式三番(しきさんば)

次に「式三番(しきさんば)」が演じられます。

上座の翁、下座の三番叟「所仏則(ところぶっそく)の式三番」と呼ばれ、王祇際でのみ演じられる黒川能特有のもので趣を異にします。

能4番/狂言3番

そのあと能と狂言が交互にトータル7番(7曲)、夜通し演じられます。

上座の演目は以下です。

  1. 絵馬(能)
  2. 宝の槌狂言
  3. 獅子(能)
  4. 千鳥狂言
  5. 羅生門(能)
  6. 節分狂言
  7. 猩々(能)

私は途中で猛烈な尿意に襲われ、仮眠を取りに宿に戻りました。

深夜にまた当座に戻りました。人数が減り、皆さんの眠気が会場に漂っていました。予定より1時間早く2時に無事終わりました。

 

次の投稿につづく

【山形②】王祇祭で黒川能を観る方法

前の投稿からの続きです。

王祇祭に参戦するまでの事前準備が割と大変でした。ざっくりその工程をまとめておきます。

STEP1:事前申し込みをする

2月1日の当座での観覧は事前申し込みが必要です。

ここが最大の難関になります。毎年定員を超えるため抽選になります。

申し込み方法 黒川能保存会HP「演能予定表」を確認
受付期間 前年の8月1日〜11月30日

ちなみに2月2日の春日神社での観覧事前申し込み不要です。

STEP2:抽選結果と書類が届く

めでたく当選すると12月中にA4サイズの書類が入った封書が届きます。

参戦の意思を固めたら、期限(1月中旬頃)までに以下を済ませます。

  • 封書に同封された観覧個別申込書の送付(郵便・FAX・メール)
  • 当屋への寄進料(1日の演能鑑賞料) の振込

色々かかる費用

書類を見て、割とお金のかかるイベントだなという印象でした。

当座への寄進料(必須) 6,000円 事前振り込み
当座での撮影料(能演を撮影したい方のみ) 3,000円 1日現地払い
解説書代(解説書が欲しい方のみ) 1,700円 1日現地払い
休憩所使用料(休憩所を宿泊に使う方のみ) 3,000円 1日現地払い
1日夕食用お弁当代(希望者のみ) 1,500円 1日現地払い
2日朝食用お弁当代(希望者のみ) 1,500円 1日現地払い
春日神社への玉串料(能演鑑賞したい方のみ) 5,000円 2日現地払い
春日神社での撮影料(能演を撮影したい方のみ) 3,000円 2日現地払い

当座への寄進料以外は全て「希望者のみ」で「当日現地払い」なのですが、1日現地払いの5項目(当座での撮影料〜お弁当代)については、観覧個別申込書に希望の有無を記載する必要があります。

仮に全部希望したとすると合計24,200円。この他に現地までの交通費が最低かかります。正直参戦を躊躇しました。この時点で事務局に電話すればキャンセルも可能です。

ちなみに私は「当座での撮影」と「解説書」を希望しました。宿泊と食事は近くの民宿を予約できたので、そちらでお世話になりました。

上座・下座の選択

また、上座と下座どちらの当座で観覧希望かを観覧個別申込書に記載します。

事務局に電話確認したところ、2025年の会場は

上座 氏子さんのご自宅
下座 公民館

であり、宿泊する民宿からの距離も考慮に入れ、私は「上座」を選びました。

ちなみに後日談ですが、参加者数は

上座 50名
下座 60名

だったそうです。

STEP3:宿泊場所の確保

2月1日夜の宿泊場所は、現地に親切な友人などいなければ、以下の3パターンが考えられます。

1. 休憩所に泊まる

王祇会館という黒川能の案内所があります。

そこの多目的ホールが休憩所として開放され、1日夜に仮眠などができます。

こちらを利用する場合、観覧個別申込書にその旨を記載し、休憩所使用料3,000円を当日納めます。(STEP2参照)

こちらは80名収容可能です。

また、近くに食堂やコンビニなどが一切無いため、休憩所に泊まる方は、ほとんどが夕食と朝食のお弁当を予約されるようです。(STEP2参照)

お弁当込みでも一番お得な選択肢だと思います。

2. ホテル・旅館に泊まる

中心部から車・タクシー圏内にホテルや旅館があり、同封された宿泊施設リストを参考に予約が可能です。

3. 農家民宿に泊まる

車が無かったり、タクシーを使いたくない場合は、中心部から徒歩圏内にある農家民宿が予約できます。同封された宿泊施設リストに3軒だけ載っています。

農家民宿 権太郎 春日神社から徒歩7分
農家民宿 松べえ 春日神社から徒歩15分
農家民宿 清定 春日神社から徒歩30分

私はこちらを予約しました。農家民宿のご予約はお早めに。

2食付きでお願いしたので、お弁当は希望しませんでした。(STEP2参照)

松べえさんの王祇祭特別メニューの精進料理や庄内の郷土料理が、初体験でヘルシーでもありとても美味く、リピ確実だと思いました。

STEP4:交通手段の確保

記入した観覧個別申込書を送付し、当屋への寄進料を振り込んだら、最後に交通手段の確保です。

最寄りのJR鶴岡駅まで

東京からの場合、飛行機新幹線が一般的かと思います。

飛行機 羽田空港から庄内空港まで行き、リムジンバスで鶴岡まで
新幹線 東京から新潟まで上越新幹線で行き、特急いなほに乗り換え鶴岡まで

私は新幹線で行きました。海沿いを走る特急いなほの車窓からの日本海は壮大でおすすめです。

JR鶴岡駅から現地まで

この移動が難点です。

以前は庄内交通のバスが走っていたようですが、今は廃止されています。

タクシーだと鶴岡駅から10km以上も離れているため、片道4000円以上かかります。民宿の方に相談したところ、送迎車を出していただけるということで、大変助かりました。行き帰りの送迎費として3000円かかりました。

 

次の投稿につづく

 

【山形①】黒川能を奉納する王祇祭

界隈の人から1度は観に行った方が良いとオススメされた黒川能

観覧の事前申し込みをしたところ、なんと抽選で当たりました!

というわけで、黒川能が奉納される王祇祭(おうぎさい)を観に、2月に鶴岡まで行ってきました。

黒川能とは

山形県鶴岡市黒川にある春日神社の「神事能」として、農民たち(氏子)によって500年もの間、独自に発展し伝承されてきた民俗芸能です。

特徴としては大きく3点あります。

昔ながらの能が500年以上保存されてきた、と言えるかもしれません。

また以下のデータが示すように、民俗芸能としては非常に大きな規模となっており、とても珍しいです。

担い手 約150名(子供から長老まで)
演目数 能540番・狂言50番
能面 250点
能装束 500点以上

そんな黒川能は1976年(昭和51年)5月4日、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

ちなみに黒川能は、私が参加した王祇祭だけでなく、以下の神事やイベントでも奉納されます。

名称 開催場所 開催日
祈年祭 春日神 3月23日
例大祭 春日神 5月3日
新嘗祭 春日神 11月23日
黒川蠟燭能 春日神 不定
羽黒山花祭り 羽黒山山頂 7月15日
水焰の能 櫛引総合運動公園 7月最終土曜日


王祇祭(おうぎさい)とは

春日神社で行われる最も大きな例祭で、毎年2月1日〜2日の2日間行われます。旧正月にあたるため旧例祭とも呼ばれます。

1日には当屋(とうや)というその年選ばれた氏子の自宅で夜通し演能があり、2日には春日神社にて能が奉納されます。

上座と下座について

ちょっと複雑なのですが、1日には2か所の当屋で演能があります。

そもそも、春日神社の氏子は上座下座の2つの座に分かれていて、各々が1つの演能グループ(能座)となります。

各座において毎年男性(家主の長老)が1人選ばれ頭人(とうにん)という役割になり、頭人の自宅は「当屋」と呼ばれ、王祇様(おうぎさま)を迎え演能でもて成す神宿となります。(自宅を解放できない場合は、代わりに公民館などを借ります。)

つまり1日は上座と下座の2か所の当屋で能が奉じられます。

ちなみに王祇とはその土地の神様を意味し、紙垂が巻かれた3本の白木の柱(白い布で束ねられ、開くと扇状になる)が神様の依代「王祇様」として王祇祭に登場します。

 

次の投稿につづく

【宮城】森舞台で小鍛冶を鑑賞

登米(とよま)町にある森舞台での公演を観に、10月に宮城に行ってきました。

森舞台とは

登米で300年近く継承されている能、登米能(とよまのう)のホームステージとして登米伊達家の御鍛冶屋(鉄砲鍛冶)屋敷の跡地に平成8年(1996)年オープンした屋外にある能舞台です。

正式には伝統芸能伝承館といい、森舞台の愛称で親しまれています。

また森舞台のあるエリアはみやぎの明治村と呼ばれ、明治を偲ばせる建物や江戸時代の武家屋敷が現存した雰囲気のある街並みを楽しめる観光地となっています。

隈研吾による設計

森舞台の設計は、世界的に有名は建築家隈研吾さん(以下敬称略)です。

設計された当時は隈研吾和風建築のイメージはなく、森舞台が隈研吾にとって初めての和風建築でありました。

その後、銀座木挽町歌舞伎座名古屋の御園座京都宮川町の歌舞伎練場など、日本を代表する和風劇場を設計するようになり、隈研吾にとって森舞台は転機となった建築と言えます。

森舞台を設計する際、工事予算がかなり少なかったようです。そこで隈研吾2つの策で対応しました。

借景を使う

空間を壁などで閉じずに、周りの景観の美しさを取り入れる借景の手法を最大限に駆使して、建物をデザインしました。

舞台には腰板が付けられていないため、周囲の森と一体になっているように見えます。夜には、舞台が宙に浮いているような雰囲気となるようです。

安価な材料を使う

地元産の素材を多用することで材料費を抑えます。森舞台の柱は地元産のヒバを用い、屋根は登米町特産の天然スレート葺きです。

また、その分デザインの力を使って、ディテールで豊かな空間をを作ることを心がけているようです。

 

この2つの策は、その後手がけた和風建築の作品に活かされています。

隈研吾氏は41歳、森舞台竣工の翌年1997年(平成9年) に日本建築学会賞を受賞しています。

千住博による鏡板

鏡板の正面の松脇の若竹は、「滝」の作品で有名な世界的な日本画千住博さん(以下敬称略)による制作です。

正面の板いっぱいに広がる丸っこい老松は天然緑青で描かれています。脇に描かれた若竹は天然群青を用いています。群青色ってこんな色だったんですね。天然色で目に優しいです。

竹の青さが虚実の「」、松の緑が「」を表し、能の「虚実の世界」を象徴しているようです。個人的にはあまり伝わりませんでした。シロウト目には「滝」のような激しさがあっても良かったのでは、と正直思いました。

おかえりモネのロケ地

2021年度前期放送の清原果耶さんがヒロインを勤めたNHK連ドラ「おかえりモネ」のロケ地として、森舞台が使用されました。

本編で薪能が演じられます。

 

そんな素敵な森舞台での能演が観られるということで、先日10月6日(日)に登米町へ向かいました。

森舞台への行き方

仙台駅から森舞台のあるとよま明治村まで高速バス1本で行かれます。

JR仙台駅から徒歩約5分のバス停「仙台駅前(旧さくら野百貨店前)」から高速乗合バスとよま総合支所線に乗って「とよま明治村」まで行きます。

乗車時にチケットを購入します。1回券が1,300円2回券2,300円なので、帰りの分を含め2回券を購入するとお得です。

乗車時間は約1時間40分。本数は少なく、全く走っていない時間帯もあるので、事前に時刻表の確認をオススメします。

森舞台公演に参戦

正式には第二回喜多流能森舞台公演と言います。

因みに、第一回は2年前の2022年7月30日(土)に喜多流能森舞台公演として能の演目「杜若(かきつばた)」が演じられたようです。

開場直前、森舞台の前には結構な人だかりができていました。ほとんどが地元か近郊の方で車で来ている印象でした。

私は脇正面のA席。前から4列目の席に座りました。

実は雨が降りました。S席には屋根があるのですが、A席はありません。

スタッフの方がA席の人全員にレインコートを配ってくれました。

 

演目は

  1. 狂言 鐘の音
  2. 小鍛冶(こかじ)

狂言は、野村萬斎裕基親子の共演で豪華でした。野村萬斎さんは今回初めての森舞台だったようです。

能の演目は小鍛冶。森舞台は鉄砲鍛冶屋敷の跡地に建てられたのでご縁を感じます。

内容はドラマチックです。借景の竹藪の緑狐の精霊の赤いカツラが映え、カッコ良く、雨が降っていることも忘れ舞台に集中しました。

今回の公演は雨だったのですが、森舞台により自然と一体となった能演に圧倒され、今まで観た中でトップ3に入るくらい印象的でした。こういった奇跡の瞬間を自分は追い求め始めているのかもしれません。